2012年4月26日 (木)

アサーション入門

平木典子 講談社現代新書

◎準備のための自己表現診断(18

 1 自分から働きかける行動

 2 人の働きかけに対応する行動

多くの日本人は、どちらかの自己表現しかないと思い込んでいるのではないか。相手も自分も大切にする自己表現がるということを知ったら、日本人はもっとコミュニケーションが上手になるのではないかと思ったのです。(23

assertion”という語は、「主張」「断言」、続いて「断定」「言い張ること」などと訳されています。このような訳語には「一方的な主張」というニュアンスが感じられ、カウンセリングの専門家が扱う「アサーション」とはかけ離れた意味が伝わってしまいます。そのため、私は、1980年代初期に日本にこの概念を初めて紹介して以来、訳語ではなくカタカナで「アサーション」と記してきました。 (24)

◎三つの自己表現

・非主張的(non-assertive)自己表現(28

・攻撃的自己表現(35

・アサーティブな自己表現(41

◎自己表現チェック(51

◎自分らしくあってよい

1 私たちは、誰もが自分らしくあってよい(57

2 人は誰でも気持ちや考えを表現してよい(58

3 人間は過ちや間違いをし、それに責任をとってよい

◎「償う/謝ることも権利」(65

◎五つの考え方について(70)

・「心配の種+アイデア」という考え方

A (渋滞を心配して、夫に)「連休の初日なので、7時前に出発した方が、国道の渋滞に巻き込まれ無いのでは・・・」

⇒「国道が混むかも・・・」と心配しただけでは、対応策はみつかりません。「では渋滞を避ける可能性、方策はないか」と考えてみれば、「早く出発する/その日は出かけないことにする」などの提案ができます。(82

◎もし好かれなくても・・・

もしある人に好かれなくても、それはあなたの問題ではなく、相手の好みの問題かもしれません。すべての人を喜ばせることは不可能です。自分の好きな人、大切な人に好きになってもらえれば、それでいいのではないでしょうか(97)

1 タスクのためのアサーション(108)

・目的を遂行し、課題を達成する力

・言語的な表現

2 メンテナンスのためのアサーション

・人と共に生きる力

・六種類の言葉かけ~「慰め」「励まし」「労り」「称賛」「感謝」「挨拶」

第五章 心に届く伝え方

1 自分の思いを確かめる

・誘いをうまく断りたい(場面1)(131

・相手の行動に苛立ち、黙りこむ夫婦(場面2)(136

2 事実や状況を共有する(136

・状況も伝えあう(138

・日頃のコミュニケーションの蓄積(139

・「以心伝心」には頼らない(141

3 提案は具体的に述べる(143

 状況が複雑で、交渉が必要な場合(場面3

4 アサーティブな表現をしている人

 「ドラえもん」の静香ちゃん(150

  ジャイアン のび太 静香

5 アサーションのポイントを使って台詞を考える(152

 

 蕎麦屋での例(場面4)⇒(163

 田舎の親族の集まり(場面5)⇒(163

6 注意点

「私メッセージ」で気持ちを伝える(159

 「大声を出さないで」「早くしなさい」「だらしない」~「あなたメッセージ」

                 ↓

「声を小さくして欲しい」「急いで欲しい」「だらしなく思える」~「私メッセージ」

「なぜ~?」「どうして~?」を言う時は気をつける

→非難する、問答無用の語調になっていないか?⇒「意図や理由、いきさつについて知りたい」「聞かせて欲しい」

「当たり前」「はずだ」「当然だ」ということはめったにない

仕事ができる人の心得

小山昇

「挨拶~コミュニケーションをよくするための、一番重要なことです。挨拶は相手より先に元気よく、明るく大きな声でするものです。相手が立っていたら自分も立って、座っていたらかがんで目線を合わせます。」

「朝の時間~最も個人差が出ます。自発的に当日の計画、準備をした人が成果を上げる。」

「誤り~大きな誤りは自分でもわかるが、小さな誤りは自分では気がつかないので、小さな誤りを口うるさく注意する。」

「頭~容量は誰でも同じです。使えば使うほどよくなるものです。よくないのは使用回数が不足しているからです。」

「頭がいい~学校の勉強ができたとか、成績がよいということではありません。物事を正しくつかみ取る力と、すぐれた感性を備えている人です。」

「謝る~誤解されて非難されても、それが人の命にかかわるようなことでない限り、言い争いはせずに謝っておくとあとでうまくいく。時間をあけたらダメ。すぐに行くことです。電話で怒っていても顔を出すと、先方の態度が違ってきます。教わりにいくことです。」

「忙しい~目先の仕事ばかりやる人が陥る。計画性がない、暇な人ほど忙しいと言う。子供一人のお母さんは子育てでてんやわんやする。二人いる人はてきぱき育てる。三人超えれば、四人も五人も同じ。急ぎの仕事は忙しい人に頼むとよい。」

「急ぎ~時間に追われている時にはいつもの道、時間に余裕がある時には早道を行くのが鉄則です。」

「気づき~いま誰が何をしていて、次に何を望んでいるのかを察することです。次に何をすべきかを頭に入れて、行動に移すことです。」

「嫌い~欠点ばかり目につくことです。嫌いと思っている人は、あなたを倍嫌いと思っている。」

「愚痴~不幸のイメージ化です。ダメ人間の手軽なストレス解消法です。仕事や人間関係がうまくいくならよいが、実際はなんの変化も起きません。時間の無駄です。」

「クレーム報告~伝わってこないクレームが会社をつぶす。現場からのスピード報告が基本。クレームが発生したら、まずお客様にお詫びしてから上司に報告をする」

「苦しい~一時的なものです。自分でつくりだしているものです。」「元気~笑えることです。私生活でも会社でも。上司の元気は部下の元気。」

「現実~自分の手足を動かして、自分で学んだものです。自分の肌で体感したものだけです。」

「現状~何をやったらよいかわからないのではなく、今どうなっているかわからないということです。色々と見て回る、聞いて回るのが一番です。」

「時間の管理~仕事に時間を割り振るのではなく、時間に仕事を振り分けることです。放っておくと時間の奴隷になる。時間つぶしをしないことです。」

「時間を守る~開始三分前に、待機することです。自分から約束をとりつけた時は、先に行って待っているのが礼儀です。我々は限られた時に生きています。時間は命です。だから、時間を守るということは、命を大成にすること、命を守ることなのです。」

「仕方がない~他人から言われて、イヤイヤながらでも仕方がなくてでも、やるという決定は自分がしている。自分の行動の責任は自分にある。やるもやらないも、自分の決定しだいなのです。いつでも責任は自分でとるということです。」

「正直~自分がわからない問題は『わからない』とハッキリ言える人です。知ったかぶりをしない人です。」

「常識~一人一人違うものです。あてにならないもの。」

「新しい仕事~最初は並みの人の3倍の時間がかかる。日がたつごとにかかる時間が短くなる。」

「素直~『すみません』『失敗しました』が自然と口からでることです。すぐに口から出ないと、後々になって倍の苦しみを味わうことになる。過去の経験や知識だけで物事を決めつけたり、否定したりしない人です。」

「タイミング~大きな変化は、常に前兆として小さな変化を伴っている。日常業務の中で感じた小さな疑問が、大きな変化につながっていることが多い。定例報告では遅すぎる。変化は会社の都合を待ってはくれない。」

「多忙~時間の浪費を許さない。時間を有効に使うように努力するから、結局はより多くの時間をもつことになり、仕事もテキパキこなしてしまう。」

「ダメを押す~「伝えたのに」「知らせたのに」相手がやらなかった。それは、相手のせいではない。やってもらわないと双方が困るのだから、ダメはイヤと言うほど押すほうがよい。徹底するということです。」

「正しいこと~少し控えめにいうことです。処世の知恵です。わかる人にはわかる。」

「たら~人間の行動を鈍らせる。条件が整ったらやるという人は、条件が整っても結局やらない。今やらない人は、次に何かが変わってもやらない。自分の思うような条件が100%整う時などいつまで待っていても来ない。」

「知識~普通にあればよい。どんなに知識があっても、実行されなければ意味がない。なまじ知識があると不幸です。なければならないのは、知恵です。行動が伴わないとお金になりません。」

「注意~気がついた時にその場でする。ワンテンポおくと、価値がなくなる。何も言わないのはやさしさではありません。不親切なだけです。」

「ついで~誠意が伝わらない。使った時間、お金が生きない。」

「定時終了~業務の開始時に終了時間を決める。残りの1時間は明日の準備をする。終了時間が遅いのは、怠慢と準備の悪さにあります。準備を十分にして定時に終わらせる。」

「できない~①今すぐにやろうとするから。②自分ひとりでやろうとするから。③今までどおりの考え方、やりかたでやろうとするから。④「しない」と混同しない。やってもいないことをできないと言ってはいけない。」

「出直し~間違えたと思ったら未練を残さないことです。その時に失うものがいかに多くとも、そこで出直して先々得るものに比べたら大した痛手ではありません。」

「電話~最初に出た人が我社の顔です。これは目に見えない、お客様に対する営業活動です。」「できるかぎり二回以内でとる。笑顔で、明るく、ワンオクターブ上げ、はっきりした声で話す。担当者が不在の時も、『わかりません』『知りません』『出来ません』は口にしない。わからないことは即答せず、よく調べてから返事をする。」

「同行~日頃の嘘の報告を見破るチャンス。コミュニケーションがよくなる。現場で仕事を教材とした指導ができる。」

「どうしましょうか~責任逃れ。本当はこうしたい、ああしたいという気持ちは誰にでもある。本来の姿勢は「こうしたい」「ああしたい」」。

「得点主義~なんの減点もない人よりも、減点もあるがプラス点もある人を登用する。失点が5点あっても、得点が10点あれば差し引きプラス5点。得点がなければなんにもならない。」

「当事者同士だと泥仕合になる。第三者を入れないと解決に時間がかかる。交渉は体力が勝負、そして根回しも。」

「なんとかしよう~そう思えば、なんとかなるものです。そうならないのは計画がないのと、詰めが甘いからです。」


「ニコニコ~人は暗いところよりは、明るいところのほうが好きです。よいことがあったから笑うのではなく、笑うからよいことがあるのです。」

「能力~違いはあるが、優劣はない。得意、不得意はある。与えられた場所で与えられた仕事ができることです。励まされ、認められることによって花開く。能力差~繰り返し行う学習の量の差です。努力の量の差です。」

「働く~会社に出勤することではありません。粗利益額をあげることです。粗利益額をあげないで、ただ動き回っていると、コストがあはるだけです。」

「批判~するのは簡単です。ほめるほうが、相手にとっても、自分にとっても、それを見ている人にとっても気持ちのよいものす。」

「表敬訪問~特別な場合を除き、訪問先のトップとはアポイントをとらない。相手がいなくても、いっこうに差し支えない。留守の時は置き名刺をする。面談したのと同じ効果がある。わざわざ挨拶に来たということだけで相手は満足する。」

「弁解~お客様に御託を並べることです。ただひたすら「申し訳ありません」で通すことが大切。弁解するとかえって反感と怒りを買うことになります。」

「報告書~遅れて提出すれば、ただの紙切れです。良い報告書とは、期日が守られたものです。報告書は論文ではない。判断材料でありデータです。」

「ほうれんそう~仕事を進めるのに必要な三大要素。報告・連絡・相談です。簡潔に、結論を最初に、課題や疑問を必ずつけ加える。仕事に慣れると、報告が、最もおろそかになる。」

「間違い~人には盲点や死角があるから、間違えてもよい。勘違いをしてはいけないのは、失敗したことが悪いのではなく、失敗したことを正確に上司に報告しないことが悪いのだということです。」

「メンテナンス~お客様に言われてから行っても効果は薄いし、喜ばれない。前向きなメンテナンスは攻めです。回数で他を圧倒する。担当者
を決め、ルートを組んで、定期的にわざわざ訪問する。」

「物事~コインの裏表のようなもので、必ず二面性がある。表面ではわからない事情が必ずあることを意識し、本当のことを知る努力をする」

「もっと良い方法~ありません。考えると着手が遅れる。今、出されている方針を実行して、現場でおきる問題をクリアして、それから次にあるものです。やる前に次のことを考えない。」

「やさしさ~人の痛みと悲しみを感じる心です。相手の立場にたって考えてあげられるということです。」

「優先順位~一つ一つ片付けていくことです。順番のつけかたがわからない時には、あとからきた仕事を先にやる。前の仕事は今までやらなくても、特に問題になることはなかったからです。」

「用心深い~うまくいかない時の言い訳をいつも考えている人。決して自分で判断しようとはしない人。」

「笑い~ストレス解消の最良の薬です。人類のみに与えられた特権です。笑うことはまず第一に楽しい。そして健康に良い。身体をアルカリ性に傾け、血行をよくし、内蔵を活性化する。笑は自分だけでなく周りの人も明るくする。怒る人と笑う人があれば、一人残らず笑う人に寄っていく。」

「わからない~教えるほうが悪い。教え方が上手でないからです。同じことを何回も繰り返して教えることが大切です。」

「『わからない』~経験がないので、面倒くさいので、簡単にイヤなことから逃げることです。」

「笑い~ストレス解消の最良の薬です。人類のみに与えられた特権です。笑うことはまず第一に楽しい。そして健康に良い。身体をアルカリ性に傾け、血行をよくし、内蔵を活性化する。笑は自分だけでなく周りの人も明るくする。怒る人と笑う人があれば、一人残らず笑う人に寄っていく。」

「悪口~『自分以外のすべてが悪いから自分もよくないんだ』という言い方。これは冷静さを失なった身勝手な愚痴です。いくら言っても何も変わらない。どんな正当な理由があろうと、50%は自分が悪い。そういう人と付き合っていたのは自分なのだから。」

2012年4月19日 (木)

体温を上げると健康になる

斎藤真嗣 サンマーク文庫

食事制限をしたとき、まっさきに減るのは実は脂肪ではなく、筋肉と水分なのです。ですから、食事制限をして一、二キロやせたからといって喜んではいけません。それは脂肪ではなく、筋肉と水分が減っているのです。(70)

筋肉というのは、動かさないと驚くほど速いスピードで失われてしまいます。たとえば、寝たきりの老人のように一日中、それこそトイレもベッドの上で済ませるような生活をしたとしましょう。なんと、一日で約0.5%もの筋肉が失われてしまうのです。通常の生活をした場合の加齢による筋肉の減少率が年間1%ですから、寝たきり生活をすると、たった二日間で一年分の筋肉を失ってしまうということです。(74)

有酸素運動だけでは十五〜二十五分ぐらい運動し続けないと脂肪燃焼が始まらないのが、事前に無酸素運動を行うと、有酸素運動を始めてからわずか五〜十分程度で脂肪燃焼の段階に入ることができるということです。(84)

足の筋肉を鍛える基本は、やはり歩くことですが、ふくらはぎにふともも、そして腰の筋肉を一度に鍛えることができるスクワットもおすすめの運動です。(87)

「スロトレ」〜具体的にいうと、一回のスクワットを一分間ぐらい、時間をかけて行うのです。まず30秒ぐらいかけてゆっくりと腰を落とし、また30秒ぐらいかけてゆっくりともとの位置に戻す。これを、呼吸の回数を減らし、できるだけ無酸素に近い状態で行うのです。(103)

2012年3月22日 (木)

誕生日である

亡くなった親父と同じ年になってしまった。 正直、よく生きてこれたなと、そこそこ元気で…。 半藤一利『山県有朋』を読んでいる。国家権力の中枢にいる人々って今も昔もあんまり変わらないのだな、ってのが一点。 山県が、権力の中枢にたどり着いたのが今の僕と同じ位だったんだなと。 で、今の日本の中枢にいる民主党の人々も同世代。 やはり、人間が劣化している? 山県はイヤな奴だけど…

2012年3月 2日 (金)

自閉症

⇔定型的発達

○中枢性統合の弱さ〜木を見て森を見ることが出来ない。公園を見て何を見るか?(ブランコ、滑り台…)

○実行機能の弱さ〜計画を立ててどうするか?反省して修正する力が弱い。臨機応変さが無い。

○心の理論〜他者の心が自分と違うことへの理解が弱い。

○知的障害の無い自閉症の人 ○朝日新聞厚生事業団のCD

「大往生したけりゃ医療とかかわるな」

中村仁一 幻冬舎新書

「治療の四原則」

一、自然治癒の過程を妨げないこと。

二、自然治癒を妨げているものを取り除くこと。

三、自然治癒力が衰えている時は、それを賦活すること。

四、自然治癒力が過剰である時には、それを適度に弱めること。

P. 40 〜食べないから死ぬのではない、「死に時」が来たから食べないのだ。

P. 77 〜‘’年のせい‘’と割り切った方が楽。

P. 86 〜死ぬのはガンに限る二つの理由一つは、周囲に死に行く姿を見せるのが、生まれた人間の最後の務めと考えているからです。二つ目は、「救急車は呼ばない、乗らない、入院しない」をモットーにしていますので、比較的最後まで意識晴明で意思表示可能なガンは、願ってもないものだからです。ガン死は、死刑囚である私たちに、近未来の確実な執行日を約束してくれます。そのため、きちんとした身辺整理ができ、お世話になった人たちにちゃんとお礼やお別れがいえる。得がたい死にかただと思います。

P. 96 〜「天寿がん思想」北川知行

①人は皆、生まれた時に天寿を授かっている(必ず死ぬということでもある)。

②病気や事故に遭わず、安らかに天寿を全うすることは、祝福されるべきである(死因は問わない)。

③超高齢者のがんは、長生きの税金のようなものである(ほとんどのがんは、遺伝子変化が蓄積して発生する。加齢とともに、がんの発生率がうなぎ登りに高くなるのは自然現象である)、

④超高齢者のがん死は、人の自然死の一型とも考えられる(3分の一の人々は、がんで亡くなっている)、

⑤天寿がんなら、がん死も悪くない(むしろ、他の病気の死よりもよいことも多い)、

⑥天寿がんとわかれば、攻撃的治療も無意味な延命治療も行わない。

P. 112 〜事前指示①

一、できる限り救急車は呼ばないこと。

一、脳の実質に損傷ありと予想される場合は、開頭手術は辞退すること。

一、原因の如何を問わず一度心臓が停止すれば蘇生術は施さないこと。

一、人工透析はしないこと。

一、経口摂取が不能になれば寿命が尽きたと考え、経菅栄養、中心静脈栄養、末梢静脈輸液は行わないこと。

一、不幸にも人工呼吸器が装着された場合、改善の見込みがなければその時点で取り外して差し支えないこと。

P. 201 〜事前指示②死後について

一、使い古しの臓器は提供しない。

一、葬儀式は簡素に家族だけで、遠方の者には連絡せずとも良し、葬儀会館使用も可。

一、読経、死後戒名は不要。

一、告別式不要、供花、香典は辞退すること。

一、死体処理は完全に灰にするか、凍結乾燥粉砕で肥料にせよ。

一、年忌法要、墓石詣りは不要。P. 206 医師法第二十条(無診察治療等の禁止) P. 204

2012年2月28日 (火)

内田樹ブログより

沖縄タイムスの取材で、沖縄の基地問題について少し話を した。 この問題について私が言っていることはこれまでとあまり 変わらない。 沖縄の在日米軍基地は「アメリカの西太平洋戦略と日本の 安全保障にとって死活的に重要である」という命題と、 「沖縄に在日米軍基地の70%が集中しており、県民の9 1%が基地の縮小・撤収を要望している」という命題が 真っ正面から対立して、スタックしている。 デッドロックに追い詰められた問題を解くためには、「も う一度初期条件を点検する」のが解法の基本である。 まず私たちは「アメリカの西太平洋戦略とはどういうもの か?」という問いから始めるべきである。 ところがまことに不思議なことに、沖縄の基地問題を論じ るためにマスメディアは膨大な字数を割いてきたが、「ア メリカの西太平洋戦略とはどういうものか?」といういち ばん大本の問いにはほとんど関心を示さないのである。 どこを仮想敵国に想定し、どこを仮想同盟国に想定し、ど ういう軍事的緊張に、どういう対応をすることを基本とす る軍略であるのか、といういちばん重要な問いをメディア はほとんど論じない。 例えば、米露関係や米中関係、米台関係、米韓関係は、多 様な国際関係論的入力によって短期的に激変する。 東西冷戦期には、米露がその後これほど親密になり、ほと んど「パートナー」といえるほどに利害が近接することを 予想した人はいないだろう。 中国についても同じである。iPadの商標問題でアップ ルが焦っているのは、中国市場がiPad、iPhone の巨大市場であり、中国との友好関係なくしてアメリカ経 済の維持はありえないことを知っているからである。米中 関係ではイデオロギーよりもビジネスが優先しており、両 国の間に軍事的緊張関係を生じることは仮にホワイトハウ スや中南海が腹をくくっても、米中の財界人たちが絶対に 許さない。 米韓関係もデリケートだ。南北関係が緊張すれば「北から 韓国を守る」米軍への依存度は高まるが、統一機運が高ま ると「アメリカは南北統一の妨害者だ」という国民感情が 噴き出してくる。その繰り返しである。 その韓国ではすでに米軍基地の縮小・撤収が進んでいるこ とはこれまでブログで何度も取り上げた。基地全体は3分 の1に縮小され、ソウル駅近くの米軍司令部のあった龍山 基地は2004年にソウル市民たちからの激しい移転要請 に屈して移転を余儀なくされた。 フィリピンのクラーク空軍基地、スービック海軍基地はベ トナム戦争のときの主力基地であり、アメリカ国外最大の 規模を誇っていたが、フィリピン政府の要請によって19 91年に全面返還された。 これらの事実から言えるのは、「アメリカの西太平洋戦略 とそれに基づく基地配備プラン」は歴史的条件の変化に対 応して、大きく変動しているということである。 当然、これらの全体的な戦略的布置の変化に即応して、沖 縄米軍基地の軍略上の位置づけも、そのつど経時変化をし ているはずである。 だが、その変化について、それが「沖縄における米軍基地 のさらなる拡充を求めるものか」「沖縄における米軍基地 の縮小撤収を可能にするものか」という議論は政府もメ ディアも扱わない。 というのは、沖縄の米軍基地はこれらの劇的な地政学的変 化にもかかわらず、その軍略上の重要性を変化させていな いからなのである。 少なくとも、日本政府とメディアはそう説明している。 だが、もし地政学的条件の変化にかかわらずその地政学的 重要性を変化させない軍事基地というものがあるとすれ ば、論理的に考えれば、それは「その地域の地政学的変化 と無関係な基地」、つまり「あってもなくても、どちらで もいい基地」だということになる。 そのような基地の維持のために膨大な「思いやり予算」を 計上し、沖縄県民に日常的な苦痛を強いるのは、誰が考え ても政策的には合理的ではない。 つまり、沖縄基地問題がスタックしている第一の理由は、 「沖縄に基地はほんとうに必要なのか?必要だとすれば、 どのような機能のどのようなサイズのものがオプティマル なのか?」というもっともリアルでかつ核心的な問いにつ いて、日本政府が「それについては考えないようにしてい る」からなのである。 もっともリアルで核心的な問いを不問に付している以上、 話が先に進むはずがない。 だが、そろそろこの問いに直面しなければならない時期が 来ているのではないか。 アメリカの共和党の大統領候補であるロン・ポールは沖縄 を含む在外米軍基地すべての縮小・撤収を大統領選の公約 に掲げている。 これが公約になりうるということは「在外米軍基地はアメ リカの国益増大に寄与していない」という考え方がアメリ カ国内でかなり広く支持されてきているということを意味 している。 アメリカの世論調査会社ラスムセンによると、米軍が安全 保障条約によって防衛義務を負っている56カ国のうち、 アメリカ国民が「本気で防衛義務を感じている」国は12 カ国だそうである(その中に日本が入っていることを願う が)。アメリカが「本気で防衛義務を感じない」国々を守 るために他国の数倍の国防予算を計上していることに4分 の3の米国民はもう同意していない。 大統領選の行方はまだ未知数だが、オバマが再選されて も、共和党の大統領が選ばれても、国防費の削減はまず不 可避である。 そのときにアメリカが日本の基地に対してどういう提案を してくるか。 考えられるのは二つである。 (1)在日米軍基地の管理運営コスト、兵器のアップデー トに要する費用、兵士の給与の大半または全額を日本政府 が負担すること (2)在日米軍基地の大胆な縮小・一部の撤収(この場合 は、アメリカの国防上必須な軍事的機能の一部を、日本の 自衛隊が安全保障条約の同盟国の義務として担うことも条 件として付される)。 どちらもやたらに金がかかる話だから、財政規律の立て直 しに必死な日本政府が「そんなことは考えたくない」と思 うのはよくわかる。 気持ちはよくわかるが、いずれこの提案はアメリカから出 てくる。 「もっと金を出す」か「自前で国防をするか」どちらかを 選べと必ず言ってくる。 そして、今の日本政府には金もないが、国防構想はもっと ないのである。 戦後67年間ずっとアメリカに日本は国防構想の起案から 実施まで全部丸投げにしてきた。 自分で考えたことないのである。 国防はもちろん軍事だけでなく、外交も含む。 日本のような小国が米中という大国に挟まれているわけだ から、本来なら、秦代の縦横家のよくするところの「合従 連衡」の奇策を練るしかない。 だが、「日米基軸」という呪文によって、日本人はスケー ルの大きな合従連衡のビッグピクチャーを描く知的訓練を まったくしてこなかった。 ここでアメリカに去られて、自前で国防をしなければなら なくなったときに、対中、対露、対韓、対ASEANで骨 太の雄渾な東アジア構想を描けるような力をもった日本人 は政治家にも外交官にも学者にもいない。どこにも、一人 も、いない。 だって、「そういう構想ができる人間が必要だ」と誰も考 えてこなかったからである。 日本のエスタブリッシュメントが育ててきたのは、「アメ リカの意向」をいち早く伝えて、それをてきぱきと実現し て、アメリカのご機嫌を伺うことのできる「たいこもち」 的な人士だけである。 アメリカが日本の国防を日本の主権に戻した場合に、日本 にはその主権を行使できるだけの力がない。 できるのはとりあえずは自衛隊の将官たちを抜擢して、閣 僚に加え、彼らに国防政策の起案と実施を丸投げするだけ である。 国民のかなりの部分はこれに賛同するだろう。既成政党の 政治家より制服を着た軍人さんたちの方がずっと頼りにな りそうだし、知的に見えるからだ。 だが、政治家たちも霞ヶ関の官僚たちもメディアも「軍人 に使される」ということを想像しただけでアレルギーが 出る。 さきのいくさの経験から、軍人たちを重用すると、政治家 と官僚が独占してきた権力と財貨と情報が軍部にごっそり 奪われることを知っているからである。 だから、「日本に国防上の主権を戻す」という、独立国と しては歓呼で迎えるべきオッファーを日本政府は必死で断 ることになる。 国防上の主権は要りません。 主権を行使する「やり方」を知らないから。 これまで通り、ホワイトハウスから在日米軍司令官を通じ て自衛隊に指示を出してください。 それが日本政府の本音である。 だから、日本政府に残された選択肢は一つしかないのであ る。 アメリカが帰りたがっても、袖にすがりついて、「沖縄に いてもらう」のである。 金はいくらでも出します。消費税を上げて税収を増やすの で、それを上納しますから。どうかいかないで。Don’t leave me alone それが日本政府の本音である。 だから、「アメリカの軍略の変化」については言及しない のである。基地問題がスタックしているのは、「スタック することから利益を得ている当事者」がいるからである。 ひとりは「もめればもめるほど、日本政府から引き出せる 金が増える」ということを知っている国防総省であり、ひ とりは「いつまでもアメリカを日本防衛のステイクホル ダーにしておきたい」日本政府である。 交渉の当事者双方が、「話がつかないこと」の方が「うっ かり話がついてしまうこと」よりも望ましいと思っている のだから、沖縄の基地問題の交渉は解決するはずがないの である。 悲しいけれど、これが問題の実相なのである。 別に沖縄問題の裏事情に通じているわけではないが、新聞 を読みながら推理すると、こう考えるしか合理的な説明が 存在しないのである。 というお話をする。 たぶんこれほど長い話は紙面に出ないと思うので、ここに 録すのである。 日時: 2012年02月27日 12:30 | パーマリンク

2012年2月10日 (金)

悲惨!!

通夜、告別式と神戸を往復。

雪が舞う中、不馴れなネクタイ姿、過緊張…、食べ過ぎ…、見事に胃腸が壊れた。

告別式で出された豪華な弁当も見るとムカつき、胃腸が活動している気配が無い。

ヘロヘロになりながら京都にたどり着き、針治療に。胃腸が少し動き出す気配…。

ヘロヘロになりながら帰宅、晩飯はパスして布団にくるまる。

始まる腹のグルグル…。便座に座ると水道のように流れる水溶便。

脱水症状を防ぐためにとる水分も片っ端から排出される!!

ほぼ一時間おきに悲劇を繰り返し、ほとんど眠れない夜が明け、外せない仕事のため(歩くのもシンドイので)タクシーで現場まで飛び、一旦事務所に戻る。

スーパーでカロリーメートやら、水溶性の食べ物を買い込み帰宅。相変わらず続くグルグルお腹。トイレと布団を往復。

薬を飲み、胃腸に効くツボに湿布を貼りまくり幾分快方へ♪

試みに体重計に乗って見るとマイナス2キロ♪あれだけ苦労してた目標体重まであとわずかではないか!!

2012年2月 6日 (月)

フレンチ

この間から無性に欲しくなった漫画「ワイルド7」。 Amazonで中古を見つけたので、即買い!(1〜33まで。33巻以降みつけたらご一報を!)行きつけのカフェパランに持ち込み読み耽る(迷惑な客?)。 夜、連れ合いの誕生日祝いで、堀川御池西入るの「セ・ザンバ」。 初めてのフランス料理、フルコース。 今まで「偏見」があって避けてたのだが、なんでも食べて見るもんだと…。 ご無沙汰していた伯父の訃報が届く。戦争体験のある身内がまた亡くなった。 父方の親戚とは(亡父がつきあうのが好きでなかったこともあり)大学時代より疎遠のままだった。一応「長男」なので、妹と連絡をとって義理を果たしに「通夜」「告別式」にいくことにする。 数十年ぶりに会う従兄弟たち。なにか面白い出会いがあることを期待しつつ。

2012年1月28日 (土)

『ナショナリズムという迷宮』佐藤優 魚住昭 朝日文庫

~社会民主主義の本質は、ソ連型共産主義を阻止することだ。社会民主主義、福祉国家、ケインズ政策、国家独占資本主義、後期資本主義と呼び方はいろいろある。ここで重要なことは名称ではなく内容だ。資本主義がそのままスクスクと育っていくと格差が激化して、社会主義革命への指向が生まれる。これを阻止するために国家が経済に介入して、所得の再分配を行い資本主義システムの維持をはかる。

~西欧の社会民主主義は、政府による直接給付と言う形で所得の再分配を担保した。この形をとると政府、具体的には官僚が、国民ひとりひとりの所得や家計の状態を正確に把握していないとならない。そうでないと不正給付を防止出来ない。従って、社会民主主義は警察国家型の管理システムと相性がいい。スイスやスウェーデンが自由な国であるというイメージが日本では強いが、実体は監視が社会全体に行きわたっている。~国内に徹底的な監視網があるからビザがいらない!

~日本の〈下品な社会民主主義〉では、公共事業、つまり土建屋のオッサンが政治家に口利きを頼み、それで社会・経済面で構造的に弱い地域に中央政府が集めた富を再分配するというゲームが展開された。利権が絡むので、当然、腐敗・汚職が構造的に生じる。しかし、政府による直接給付という形はとらないので、官僚による監視はミニマムにすることができる。1930年代から敗戦までの日本で起きた官僚支配(最大の官僚組織は陸軍)を考えるならば、戦後の日本が〈下品な社会民主主義〉を選択したことは、圧倒的大多数の国民にとってよいことだったと思う。政治家の利権追及を一定の枠内で認めることが民主主義のコストなのであある。

~ソ連・東欧の崩壊により、資本主義にとって現存する社会主義モデルは脅威でなくなった。そうなると資本の論理が露骨に出てくる。もはや福祉政策は資本の増殖にとって有利ではない。東西冷戦終結後、世界的規模で新自由主義が幅を利かせるようになったが、これは資本主義がスクスクと育っていっても、もはや社会主義革命が起きることはないという安心感があるからだ。日本でも冷戦崩壊後、十年を経て、ようやくこの転換が本格化した ⇒ 小泉政権の登場 (P.11~P.14)

~ふだん私たちが思想、思想と口にしているのは「対抗思想」です。護憲運動や反戦運動にしても、それらは全部「対抗思想」なんです(中略)戦前、「畏れ多くも」といえば後に続くのは「天皇陛下」でしたね。軍人は「畏れ多くも」という言葉を耳にすると、直立不動になりました。いまや異常なことですが。しかし当時は疑問を持ちませんでしたよね。そんな時代に、こうした行為が「思想」だと気付いた人物がいます。情報機関員を養成した後方勤務員養成所(のちの陸軍中野学校)の初代校長・秋草俊がそうです。秋草が学生と雑談している時に、「天皇」の名が出てきました。直ちに学生たちは気をつけの姿勢をとった。そしたら、秋草は彼らを「バカ者ッ」と怒鳴りつけたんです。「天皇の名を聞いて直立不動の姿勢をとるのは軍人だけだ。仮におまえたちが、セビロを着て地方人になりすましていても、それではたちまち化けの皮がはがれてしまう」。「第一番に天皇もわれわれと同じ人間だということを知っておけ」と。日本人がその存在を当たり前のように思っている「天皇」こそが「思想」にほかならないもので、それに基づく「国体」もまた「思想」だということを自覚しています。(P.24)

~仏教の世界の成り立ち (佐藤)はじめに何もないところに「有情の業」ー生命の力といったらいいでしょうかーが働きます。すると、すーっと風が起きてきます。ひゅるひゅる吹いている上に、水の塊ができてくるんです。その塊の上に温めた牛乳に張るような膜ができます。その膜はやがて硬くなって金属の板のようになる。これを金輪というんです。「金輪際つきあわない」、なんて言いますよね。これは宇宙の切れ目を意味します。その金輪の上に海ができて、その中に月まで届くような高い山ができます。これがシュメール山、須弥山なんです。その南に三角の土地が出来て、ほかに丸いのと四角いのと、三日月形の土地が出来ます。われわれは三角の土地に住んでいることになっています。須弥山はエメラルドで出来ていて、われわれの側から見ると、その反射によって空は青く見えます。そこに天上、人間、修羅、畜生、餓鬼、地獄という世界がある。それらは風の世界から出てくる幻想だと。消えてはまた現れる。その繰り返しなんです。(魚住)創造主がいないんですか。(佐藤)いません。仏教は基本的に無神論です。(魚住)では、ブッダって何者? (佐藤)ブッダは人間です。ブッダは世界がすべて虚構だというからくりに気付いた人間なんです。(P.60)

~ファシズム スターリン=ディミトロフ型の定義が部分的に参考になるでしょうね。ディミトロフはブルガリア人のコミンテルン活動家で、第二次世界大戦前夜のスターリンや共産主義陣営のファシズム観の形成に大きな役割を果たしました。その論を大きく整理すると四つになります。①ファシズムの典型はドイツでヒトラーが展開するナチズムである。②ファシズムは資本主義の最高段階である帝国主義の一変種に過ぎない。帝国主義の担い手は金融資本であり、その中の最も悪質な形態がファシズムだ。③ファシズムはデマゴギーと暴力を巧みに使い分けて政治権力の独裁を図る。④ファシズムは国民大衆に「清潔な政府」というスローガンを掲げ、正義感に訴え、革命や改革を実現する政治勢力であるとイメージづける。(P.86)

~救貧政策は困窮者への「いたわり」の衣をまとって出てくるでしょう。それに時々、国家は社会的強者・資本家や企業の不正を“暴いて”血祭りにあげ、弱者に対して「清潔な政府」をアピールしてきます。そうしたイメージ操作に成功すれば、社会的弱者は「いたわってくれる」国家と直接つながり、包摂されているんだろうという国家への「帰属意識」を抱くでしょう。実際は階層間は大きく断絶しているのに、どういうわけかまとまってしまうのではないでしょうか?そうしてファシズムが完成するというわけです。(P.92)

~ファシズムの「やさしさ」について考える場合、イタリア・ファシズムに普遍的な要素を見いだせます。ファシズムとはイタリア語の「ファシオ」が語源で「束ねる」という意味です。ムッソリーニの主張をうんと簡単に言うと、こうなりますー人間ひとりひとには能力の差もあれば個性もいろいろだ。人種も血統も違うだろう。それはそれで構わない。当然、意欲にも個人差があるだろうし、異論を持つ人もいるだろう。その意見も聞こうじゃないか。ただし、あなたが考えていることは私たちのイタリアにとっていいことなのか?私たちはイタリア人だ。そこでは束になっていこう。だから従ってねーと。イタリアファシズムは、サンディカリズム(イタリアやフランスの労働組合運動)の伝統を汲んでいるので、資本家による支配を否定し、生産現場はおれたち労働者で管理し、利益は平等に分配しましょうという雰囲気がある。そんなふうに自発性を重んじますから、議会はナンセンスなもので、やる気のある人間が国を束ねていこうと、スケールは違いますが、地域の消防団に参加するとか、全共闘運動で活動家を買って出るとか、少しリスクを負いつつワーッと賑やかにやっていく、そんなイメージでしょうか。「束」の内側にいる分にはとても心地よいし「やさしい」。イタリアはナチス・ドイツと同盟を結びましたが、大戦初期まではユダヤ人を迫害しなかった。むしろ、ファシスト党員がユダヤ人の学者などに「明日、ドイツ人があなたのところに行きたいと言っている」と非公式に警告したりしていました。新自由主義が進む日本では資本家が否定されることはないと思いますが、その点を除けば、イタリア・ファシズムのこうした雰囲気やノリの良さは、ファシズムの特徴を考える上で重要なポイントだと思います。(P.94)

~国家の目的は何かというと、自己保存なんです。そのためには国民から富や労働力を収奪しなければならない。国民に対して福祉というやさしさを示すのも、ある程度、国民にやさしくないと国民が疲弊して収奪出来なくなるからなんです。金融面での規制を緩和して起業を促したのも、新たな収奪の対象をつくりだすという側面があったといっていいでしょう。小泉政権における新自由主義的な経済政策も、新たに富めるものをつくりだして収奪するためだと言えます。ところが、新自由主義は文字通り「稼ぐが勝ち」の世界ですから、資本の増殖が目的ですね。資本にとっては、規制が緩和されたとはいえ国家なんて邪魔なだけです。新自由主義の論理を突き詰めれば、貨幣=資本による国家の解体になります。逆に、国家にとっては、新自由主義の行きすぎで資本が国家を超克しようなんてことになったら、非常に都合が悪いですね。なぜなら収奪が出来なくなって、国家として存続出来なくなるわけですから。(ホリエモンは)ナショナリズムなものに価値を感じない本物の新自由主義者でしょう。ですから、ホリエモンの憲法における天皇の位置づけに対する違和感の表明や大統領制を肯定する発言も頷けますね。(P.136) ホリエモンは日本文化のタブーを超えてしまったのです。

~ナショナリズムの病理を発症させる上でいちばん大きな役割を果たしているのが官僚だと考えます。なぜなら、「国家の実体は官僚」だからです。(柄谷行人は「交換、暴力、そして国家」というインタビューに中で)〈リカードの主著として『経済学及び課税の原理』という本がありますが、彼は冒頭から地代と利潤と労賃を論じています。この三つが三つの階級を作る。地代は土地所有者、利潤は資本家、労賃は賃労働者ということですから。これらが三大階級となるわけですね。マルクスも『資本論』でこのようなリカードの見方に従っています。しかし、リカードはそのあとに「課税」ということを論じている。〉ところがマルクスは「課税」というところまで発想がまわらなかったのです。マルクスは、資本の論理さえ解明すれば世の中はすべてわかるんだというモデルをとりあえず設定しました。それには意味があるんですね。お金の問題、つまり経済の問題を抜きにして人間は生きていけませんよね。だから経済以外の要素を照射しないと社会システムは見えてこないと考えたのでしょう。ところが、それによって、マルクスが見落とした“階級”があったというのが、柄谷さんの考えです。課税と国家は切っても切り離せない仲ですよね。実はマルクス本人は国家を論じていないのです。〈(柄谷さんは)・・・税を徴収し、再分配する階級、つまり官僚機構です。実際、これは膨大な人口を占めています。それを削減するのは困難です。それはそれ自身のために存続しようとするからです。それが国家の実体だと思う〉(P.161)

~冷戦構造というのは資本主義国家と社会主義国家という基本的に相いれない体制の国家が併存していたということですね。資本主義国家は油断していると、革命が起きて社会主義国家に乗っ取られるかもしれないという恐怖があったと思います。だから、資本主義国家は教育においても国家のモラルにおいても、官僚の質においても社会主義国家を凌駕していなければならなかった。国民に社会主義国家になるよりはましだという感覚を持たせることが必要でした。ところが巨大な敵だと思っていたソビエト連邦がもろくも崩壊してしまった。そこに資本主義国家の油断が生じたんだと思います。そんなに努力しなくても国民から収奪出来ると。日本の場合は経済的に豊かでしたから不況になってもしばらくは収奪する対象がありました。ソ連崩壊から十五年を経て、官僚による収奪の結果がいまの日本の状態だと思います。(P.172)

~2.26事件が時代の転換になったのは? 委縮でしょう。軍が動くことの恐ろしさを目の当たりにすることで、マスコミも委縮する。学者も委縮する。経済人も委縮する。その委縮した隙間を官僚が全部牛耳ったのではないでしょうか。戦後の大川(周明)の回想を借りましょう。ごく簡単に要約するとこう言っています。二二六事件で岡田啓介首相から広田弘毅になって何が変わったか。革新的な気運がある軍人が減り、学校秀才型の出世主義者ばかりになったと。軍事官僚だけではなく、新官僚と言われた連中や外務官僚もそうですよね。

~(官僚と軍人)この両者は国家から生まれているんです。国家から生まれているんだけれども、社会の中に入ってきて、社会から徴税や徴兵といういったかたちで収奪したり、物を買って生きているんです。もともと社会にいた人間が国家公務員試験を受けて官僚になったり、職業軍人になるということは、社会からドロップアウトしてしまうということなんです。市民社会の外側に位置する階級だということです。(魚住)つまり、ファシズムの担い手について考えていく場合、官僚、軍人と学生や商工業者、会社員などはカテゴリーの違うものとしてとらえた方がいいということですよね。

~エリートの数が極端に少ないときには彼らの行動様式、言語、文化が、超高文化になって、圧倒的に大多数を占めるほかの階層はそこについていけないという意識を持ちます。したがって国民総動員体制なんて無理な話です。(『民族とナショナリズム』の著者アーネストゲルナーは)次のように記しています。〈・・・ナショナリズムが忠誠心を捧げる単位は、文化的に同質的で、(読み書き能力を基礎とする)高文化であろうとする文化に基礎づけられていること(中略)この単位の住民は匿名的、流動的、動態的であり、直接的に結び付けられていること、すなわち(中略)彼の文化様式によって直接この単位に所属しているということである。要するに、同質性、読み書き能力、匿名性が鍵となる特性なのである。〉日本の場合、エリートを大量に養成するために開かれた窓口が、一高、二高などのナンバースクールと、全国の主要都市に開校された帝国大学、そして、陸軍士官学校、海軍兵学校、陸軍大学校、海軍大学校だったのです。そこへ全国各地の秀才が入っていき、官僚機構、軍隊を支えていきました。つまり大正デモクラシーから昭和初期にかけて、これらの組織が肥大化することで、ごく限られた人間の集まりであった人間の集まりであった超エリート階級の裾野が広がり、大衆化していきました。(P.196)

~エリートの大衆化は、彼ら官僚や軍人の自画像を歪めました。国家を支えているという自信に見合うだけの、報酬を得ていない、社会に十分な評価を得ていない、そんな不満を持った自己として描かれます。(中略)彼らは現在おかれている立場をマイナスと考えてしまうわけですから、その分、欲望の膨らむ余地は大きいのです。もっと富を得たい、もっと社会をコントロールしたい。これは私自身が官僚機構の中に身を置いて“体感”したことでもありますが。(P.198)

~資本主義が構造的に抱える問題に景気循環があります。なかでも恐慌は深刻な問題ですよね。恐慌によって大量の失業者が発生する一方で、資本は過剰な状態になり、モノはあっても誰も買えなくなる。近代の産業社会はかってないくらいの人口を養えるようになりましたが、そのシステムである資本主義は不安定要因を抱えこんでいるのです。人間というのは、予知できない不安定さを嫌う生き物なんです。なんとか危機を回避したいと願いますよね。⇒恐慌回避のために国家介入 (P.199)

~(恐慌を回避するための経済システムとして)大きく分けて二つのシステムがあります。ひとつが、国家が前面にせりだして資本主義=社会をコントロールするという統制経済システム。もうひとつが資本主義の枠内でそこそこの資本の活動は容認するが、それが行き過ぎると国家が介入する国家資本主義システムですね。前者が日本の1940年体制的な統制経済、後者がケインズ型の社会福祉にも配慮した資本主義。両者ともロシア革命型の社会主義に“対抗”するために国家が社会に介入してつくり出したシステムという点では共通しているんです。(P.200)

~世の中、ろくでもないものしかない。国家だって民族だってろくなもんじゃない。しかし、ろくでもないものの中をうまく歩いていかねばならない。繰り返しますが、重要なのは、絶対に正しいものはあるかもしれない。ただし、それは誰にとっても正しいものではなく、ある特定の集団にとって正しいものであるに過ぎないということ。そうした絶対に正しいものは複数あるんだと。あとは私たちがその想像力をどこまで持てるかということだと思うんですけどね。(P.262)

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